保存療法における“歩行”の正しい考え方
股関節痛の患者さんから多くいただく質問の一つが、
「歩くと痛いのですが、歩かないほうが良いですか?」というものです。
医療機関によっては「歩かないほうがいい」と言われたり、
逆に「歩きなさい」と指導されることもあり、
情報が分かれていて不安になる方も少なくありません。
結論からいえば、
歩くことは股関節にとって必要な刺激であり、
痛みがコントロールできている範囲であれば“歩く=悪化”ではありません。
この記事では保存療法の視点から
「なぜ歩くことが必要なのか」
「どこまで歩いていいのか」
「痛みの判断基準」
について、専門的な内容をわかりやすく整理します。
歩行は関節の“循環システム”を働かせる重要な刺激
股関節は荷重と動きが加わることで機能を維持する構造になっています。
歩行には次のようなメリットがあります。
1. 関節軟骨への栄養供給が促される
軟骨には血管がありません。
歩くことで関節面に「圧がかかる → 圧が抜ける」この繰り返しにより、
関節液の循環が起こり、栄養が出入りします。
2. 関節包・靭帯の柔軟性を保つ
関節を守る関節包は動かさない期間が長くなると硬くなり、
可動域制限や痛みの原因になります。
歩行は関節包に適度な伸張刺激を与え、機能を保つ役割があります。
3. 股関節周囲筋の血流改善
中殿筋・大殿筋・腸腰筋などの筋群は歩行のたびに動員されます。
筋が動くことで血流が改善され、痛み物質の停滞が減少します。
歩くという刺激は股関節にとって「使うほど整う」働きを持っているのです。
歩かない期間が続くと起きること
痛みが怖くて歩行を控え続けると、次のような変化が起こります。
・股関節周囲の筋力低下
・関節包・靭帯の硬化
・血流低下による痛みの残存
・深部感覚の低下
・バランス不良からの代償運動
・「痛みへの注意」が強まり慢性痛化
とくに深部感覚(自分の関節がどの位置にあるかを感じるセンサー)が低下すると、
股関節を守る動きがしづらくなり、痛みを感じやすくなります。
「歩かない=休む」ことは必要な場面もありますが、
長期間続けると逆効果になることも多いのが現実です。
では、痛みがあるときはどこまで歩いてよいのか?
保存療法では、
“完全に休む”か“無理して歩く”かの二択ではなく、
“痛みを指標に調整しながら歩行量を増やす”ことが基本です。
歩行量の判断基準(VASを活用)
次の3点が守れていれば、歩行が悪化要因になる可能性は低くなります。
・歩いてもVAS(痛みの自己評価)が大きく上がらない
・帰宅後の痛みが強まらない
・翌日に痛みが残らない
逆に、
歩行後に痛みが増える、
翌日にズキズキする、
力が入りにくい
といった場合は、歩行距離やスピードの調整が必要です。
歩行はリハビリ。調整すれば必ず味方になる
歩行は量を調整すれば“股関節に悪い要素”ではありません。
むしろ、適切に歩けている人ほど股関節の状態は安定しやすい傾向があります。
調整方法の例として、
・距離を短くする
・速度を落とす
・休憩をこまめに入れる
・靴の見直し
・地面の硬さを選ぶ(公園など)
・歩幅を小さめに設定する
といった工夫で痛みを出さずに歩行量を積み上げることができます。
保存療法の本質は、
「痛みが許容できる範囲で刺激を入れながら、機能を整えていくこと」です。
歩くのが怖いと感じる方へ
股関節痛があると、歩行に不安を感じるのは当然です。
しかし、歩くこと自体が悪化を招くわけではありません。
大切なのは、
自分の身体の反応を確認しながら許容できる範囲で進めていくこと。
その積み重ねが、
関節の安定、筋肉の働き、深部感覚の改善につながり、
結果として痛みの軽減につながります。
不安がある場合は歩行量やフォーム、筋バランスの評価など、
専門家のサポートを受けながら進めると安心です。