はじめに

近年、がん治療中の方がオステオパシーを検討される機会が増えています。

抗がん剤治療、放射線治療、手術後の回復期には、

・強い倦怠感
・浮腫(むくみ)
・呼吸の浅さ
・回復の遅れを感じる状態

など、さまざまな身体の変化がみられることがあります。

当院では、がんそのものに対して介入するのではなく、治療を受けている身体の循環環境や呼吸機能を評価し、過度な負荷がかからないよう支えることを目的としています。

オステオパシーの視点から身体の構造と機能の相互関係に着目し、治療期の身体環境を丁寧にみています。


オステオパシーの基本的な考え方

オステオパシーでは「構造と機能は相互に関係している」と考えます。

身体の可動性や圧のバランスが乱れると、循環動態や呼吸運動にも影響が及ぶことがあります。

がん治療期においては侵襲的な処置や薬剤の影響、精神的緊張などにより、

  • 呼吸運動の制限
  • 静脈還流の停滞
  • リンパ循環の負荷増大

が起こりやすい状態になります。

当院では、これらを「治療を受ける身体の環境」として評価しています。


4つの隔膜と体腔内圧の協調性

身体には圧のバランスに関与する重要な構造として、いわゆる「4つの隔膜」があります。

  • 小脳テント
  • 胸郭出口
  • 横隔膜
  • 骨盤隔膜

これらは呼吸や循環と密接に関係し、体腔内圧の調整に関与しています。

隔膜間の協調性が失われると静脈やリンパの流れに影響が出ることがあります。

当院では、この協調性を評価し、過度な緊張や制限があれば穏やかに調整を試みます。


静脈・リンパ循環への配慮

がん治療期では静脈還流やリンパ循環が負担を受けやすい状況にあります。

特に脊柱周囲にはバトソン静脈叢と呼ばれる弁のない静脈ネットワークが存在します。

この構造は体腔内圧の影響を受けやすく、呼吸や姿勢の変化と密接に関連しています。

当院では循環を「促進する」といった表現ではなく、過度な停滞が生じない身体環境を保つ視点で評価を行っています。


静脈系と転移に関する解剖学的背景

がんの転移はリンパ行性転移や血行性転移など複数の経路を通じて起こります。

血行性転移に関連する構造として、脊柱周囲には弁を持たない静脈網であるバトソン静脈叢が存在します。

この静脈叢は胸腔圧や腹圧の影響を受けやすく、血流が双方向に変化し得るという特徴があります。
そのため、特定のがん種では脊椎転移との関連が解剖学的に議論されてきました。

ただし、転移の成立は単純な血流経路だけで決まるものではありません。

  • 腫瘍細胞の生物学的特性
  • 免疫監視機構
  • 局所の炎症環境
  • 微小循環の状態

など、多くの因子が複雑に関与します。

当院が転移そのものに介入することはありません。

しかし、体腔内圧や静脈還流が呼吸と連動しているという生理学的事実を踏まえ、過度な循環停滞が生じない身体環境を保つ視点は重要であると考えています。


当院の立ち位置

当院の立ち位置は明確です。

がんを治療するのではなく当院の目的は、

  • 呼吸が楽に行えること
  • 循環動態が過度に乱れないこと
  • 身体が治療に耐えうる状態を保つこと

こうした身体環境を整える視点でサポートすることです。

標準的ながん治療に代わるものではなく、主治医の治療方針を最優先とします。

その上で治療を受ける身体の構造的・循環的な側面を評価し、必要に応じて調整を行っています。


おわりに

がん治療期の身体は常に大きな負荷の中にあります。

オステオパシーは、その負荷に直接対抗するのではなく、身体が本来もつ調整機構が過度に妨げられないように支える立場です。

治療と並走する身体環境の整備として、慎重かつ丁寧に関わっていきます。