「朝起きたときに腰が痛い」
臨床で患者さんから非常によく聞く訴えです。
しかしこの症状は画像検査で説明できないことが少なくありません。
レントゲンやMRIでは大きな異常が見つからないにもかかわらず、確かに腰は痛む。
こうしたケースを理解する上で重要な視点の一つが、静脈循環です。
夜のあいだに起こる体内の変化
人は眠っているあいだ、ほとんど身体を動かしません。
この「動かない時間」は静脈の循環にとってはあまり有利な状態とは言えません。
静脈の血液は主に筋肉の収縮によって心臓へ押し戻されています。
いわゆる「筋ポンプ作用」です。
ところが睡眠中は筋肉の活動が著しく低下するため、静脈血はゆっくりとしか流れません。
その結果、身体の一部では静脈のうっ血が起こりやすくなります。
脊柱には弁のない静脈ネットワークがある
脊柱の内部には非常に特徴的な静脈系があります。
それが バトソン静脈叢 と呼ばれるネットワークです。
この静脈系の特徴は、ほとんどの血管に弁が存在しないことです。
弁がないということは血液が一方向に流れるとは限らないということです。
圧力が高い場所から低い場所へ自由に移動することができます。
つまり骨盤、腹部、胸部、さらには頭蓋内の静脈系まで、圧力の変化が互いに影響し合う構造になっているのです。
朝の腰痛と骨盤うっ血
睡眠中に骨盤内の静脈圧が高まると、その影響が脊柱内の静脈系へ伝わることがあります。
特に腰椎の最下部であるL5付近は骨盤内の静脈叢と強く連結しているため、この影響を受けやすい場所と考えられています。
静脈の流れが停滞すると周囲の組織では代謝産物や炎症性物質が滞留します。
これが神経根周囲の微細な炎症を引き起こすと腰痛や坐骨神経痛に似た症状が現れることがあります。
このタイプの痛みは骨の変形などによる「構造的な痛み」というよりも、循環の停滞による化学的な痛みとして理解する方が自然な場合があります。
動き始めると楽になる理由
朝の腰痛には、もう一つ特徴があります。
それは身体を動かすと楽になるという点です。
起きて歩いたり、軽く身体を動かすことで筋肉が収縮し、静脈血が再び心臓へと押し戻されます。
いわば体内の「排水」が再び動き始めるわけです。
この循環の回復によって、腰周囲のうっ血が徐々に改善し、痛みが軽減していくと考えられます。
腰痛を理解するためのもう一つの視点
腰痛は骨格や椎間板だけで説明されるものではありません。
血液や体液の流れもまた、痛みに大きく関わっています。
脊柱を流れる静脈系は骨盤や腹部、さらには頭部の循環とも密接に連続しています。
そのため腰痛を考える際には、腰そのものだけでなく、骨盤や腹部の循環環境を含めて理解することが重要になります。
身体は部分の集合ではなく、流れのネットワークとして機能しているのです。