股関節の痛みや可動域制限について「筋肉」や「骨」の問題ばかりが取り上げられがちですが、近年の研究では**関節包(Joint Capsule)**の機能低下が大きな要因になることが繰り返し報告されています。

関節包は単なる袋状の組織ではなく、神経・血流・滑液循環・力学的安定性に深く関わる高度な構造体です。本記事では研究データを交えながら、関節包の機能低下がどのように股関節痛につながるのかを専門的に解説します。


関節包の解剖学的特徴と役割

1. 関節包の構造

股関節の関節包は厚く強靭で前方の腸骨大腿靭帯、後方の坐骨大腿靭帯、下方の恥骨大腿靭帯と連続しています。
これらは力学的に相互補完しながら関節の安定性を担います。

2. 神経支配

関節包には以下の神経が分布し、深部感覚・侵害受容に重要な役割を果たしていることが報告されています。

  • 閉鎖神経
  • 大腿神経
  • 坐骨神経の分枝
  • 上殿・下殿神経

特に、関節包前方の神経終末が痛みに強く関与しているという研究(Kim et al., 2014, Journal of Orthopaedic Science)は臨床的にも非常に有用です。

3. 深部感覚(Proprioception)

関節包は関節位置覚の主要な情報源です。
変形性股関節症患者において関節包由来の深部感覚が低下していることが示され(Arokoski et al., 2006)、
これが筋バランスの破綻や動作時痛の一因と考えられています。


関節包の機能低下が起こるメカニズム

1. 可動域の偏り(内旋・外旋方向への姿勢の偏在)

長時間の内旋偏位や外旋偏位が続くと関節包が特定方向に短縮します。
特に内旋制限は関節包前方の短縮と関連し、FADIRテストの陽性率増加と相関することが複数の研究で示されています。

2. 滑液循環の停滞

関節包の伸張・収縮は滑液の循環を促進します。
運動不足や不良姿勢が続くと関節包の柔軟性と潤滑性が低下し、摩擦や炎症の温床となります。

3. 炎症の残存

軽度の滑膜炎が治癒した後も関節包の緊張が残るケースは多く、
Lowe et al. (2016) では「疼痛が軽度でも関節包の線維化が進行する」ことが報告されています。

4. 手術歴・外傷

人工股関節置換術後では関節包の一部切開による組織の変性や癒着が可動域低下や股関節前方部の不快感と関連するとされています。


関節包の機能低下が引き起こす症状

1. 内旋や屈曲の可動域制限

研究では変形性股関節症の初期段階から関節包前方の短縮により内旋制限が起こることが示されています(Tannast et al., 2012)。

2. 動作時の体重負荷による痛み

関節包の神経終末は機械的刺激に反応しやすく、圧縮ストレスや回旋ストレスに敏感です。
歩行時の立脚期に痛みが強くなる場合、関節包性の痛みが疑われます。

3. 深部感覚の低下からくる筋機能不全

関節包を介した位置覚低下は中殿筋・腸腰筋・小殿筋などの発火パターンに影響します。
このため、「筋肉をいくらほぐしても戻る」状態が生じやすくなります。


臨床で重要となる評価と介入

1. 関節包の評価

以下のような評価が有効です。

  • 内旋・外旋の終末感の硬さ
  • 前方・後方の関節包ストレステスト
  • 牽引による症状変化の確認
  • 荷重と非荷重での可動域変化

特に内旋終末での“硬い抵抗感”は、関節包前方の線維化の典型的所見です。

2. 関節包への介入(エビデンスに基づくアプローチ)

  • 軽度牽引を伴うモビライゼーション
  • 関節包前方への前方 gliding
  • 軽度内旋ストレッチと滑液循環促進運動
  • 深部感覚を改善する低負荷トレーニング

特にJoint Mobilization が関節包の圧力正常化と疼痛軽減に有効という報告(Maitland et al., 2013)は臨床的価値が高いと言えます。

当院では「関節包の機能回復」に特化した独自のアプローチを実施

関節包の問題は筋肉の硬さや骨の変形だけでは説明できない股関節痛の背景に隠れていることが少なくありません。
そこで当院では関節包の評価と介入を中心に組み立てた独自のアプローチを行っています。

特徴としては次のような点があります。

1. 関節包の部位別評価

前方・後方・外側など、関節包のどの部位に緊張や線維化が生じているかを詳細に評価します。
内旋終末の硬さ、牽引での反応、荷重位での変化などを組み合わせて判断します。

2. 関節包の滑液循環を促すモビライゼーション

関節包全体の伸張性と圧力バランスを整えるため、関節包に負担をかけない角度・方向を選びながらモビライゼーションを実施します。
本来の潤滑性が戻ることで可動域が自然に広がりやすくなります。

3. 過度な刺激を避ける安全な手技

関節包は刺激の方向や強さを誤ると炎症を誘発する可能性があります。
そのため、当院では関節包の反応を細かく確認しながら、負担を最小限に抑えたアプローチを行っています。


当院の関節包アプローチはこうした方に有効です

・内旋や屈曲が硬く、可動域に“つっかかり”を感じる
・歩くときの立脚期に特有の痛みが出る
・筋肉をほぐしても改善が持続しない
・変形性股関節症の初期と言われたが痛みの原因がよくわからない

こういった場合、関節包の機能低下が背景にある可能性が高く、関節包への適切な介入で改善するケースが多く見られます。


まとめ

・関節包は単なる袋ではなく、神経・潤滑・深部感覚の中心となる重要な組織
・内旋制限や動作時痛は関節包の短縮・線維化と関連
・筋肉だけのアプローチでは改善しないケースにおいて、関節包介入が有効
・研究でも、初期変形性股関節症における関節包の関与は繰り返し報告されている

股関節痛の改善には筋肉・骨だけでなく、関節包の働きを理解してアプローチしていくことが欠かせません。