炎症という言葉には、どこかネガティブな印象があります。
痛み、腫れ、熱感。
不快な症状の代表として捉えられることが多いからです。
しかし本来、炎症は身体が回復しようとする過程の一部です。
必要な反応が起こり、役割を終えれば静かに収束していく。
炎症とは本来「始まって終わるもの」です。
膠原病という「終われない炎症」
ではなぜ、炎症が長く続いてしまうことがあるのでしょうか。
その一つの例が膠原病です。
たとえば、関節リウマチや全身性エリテマトーデスでは関節や皮膚、内臓などに炎症が長期間続きます。
一般的には「免疫の異常」と説明されますが、見方を変えるとこれは炎症が強いのではなく、“終われない状態”にあるとも考えることができます。
「免疫の問題」だけで説明できるのか
もちろん、免疫の関与は重要です。
ただ、炎症という現象を「免疫が暴走している」という一言だけで捉えてしまうと、なぜその状態が続いてしまうのか、という視点が抜け落ちてしまいます。
炎症には「始まり」があり、本来は「終わり」があるはずです。
では、その終わりはどのようにして訪れるのでしょうか。
回復とは一つの“流れ”である
身体の中では回復に向かう過程として
必要なものが運ばれ
反応が起こり
役割を終えたものが処理され
外へと運び出されていく
という一連の流れが起きています。
この流れが途切れずに進むことで炎症は役割を終え、静かに収束していきます。
つまり回復とは何かが「治される」ことではなく一つのプロセスが最後まで進むことです。
炎症が終わらないとき、何が起きているのか
では、炎症が長引くとき、その流れの中で何が起きているのでしょうか。
考えられるのは、反応そのものが過剰なのか、それとも処理や排出の段階で滞りが起きているのか、という視点です。
炎症によって生じた物質や修復の過程で生まれた老廃物。
それらがうまく処理されず、その場に留まり続けると身体は「まだ終わっていない」と判断します。
その結果、炎症は続いていきます。
「終わらせる」ために必要な流れ
身体の中で「終わる」という状態をつくるためには最終的にそれらを運び出す流れが必要です。
ここで重要になるのが不要なものを回収し、戻していく流れです。
この役割を担っているのが静脈です。
炎症のあとに残るもの役割を終えた物質は静脈を通って運ばれていきます。
もしこの流れが滞れば炎症は“終わる条件”を満たすことができません。
膠原病と慢性痛は無関係ではない
膠原病は特別な病気に見えるかもしれません。
しかし「炎症が終わらない」という視点で見ると慢性的な痛みとも共通する部分があります。
規模や影響の大きさは違っても、
・流れが滞る
・処理が終わらない
・結果として炎症が続く
という構造には、重なる部分があるのです。
おわりに
炎症は異常ではなく、プロセスです。
問題は、それが終われなくなること。
だからこそ大切なのは、どこが悪いのかを探すことだけでなく、どこで流れが止まっているのかを見ることです。
炎症を抑えることと、炎症が終わることは同じではありません。
流れが最後まで進むとき、身体は自然と次の状態へと移行していきます。
それは「治す」というよりも、回復が完了していく過程なのだと思います。